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福島地方裁判所 平成11年(行ウ)1号 判決 2000年11月28日

原告

甲野花子(仮名)

被告

天栄村長 兼子司

右訴訟代理人弁護士

滝田三良

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  原告が本件土地を所有していること、被告が本件土地のうち本件係争部分を非課税とは認めず課税対象物件として本件処分を行ったことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右の点以外の課税根拠については争いがあるとは認められないから、以下、本件係争部分が課税対象物件であるか、即ち、本件係争部分が地方税法三四八条二項(物的非課税の範囲)に定める「公共の用に供する固定資産」(一号)あるいは「公共の用に供する用悪水路」(六号)に該当しないか否かについて判断する。

二  本件訴訟提起に至る経緯

当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨、〔証拠略〕によれば、本件訴訟提起に至る経緯は次のとおりと認められる。

1  原告は、平成二年一一月二〇日本件土地を別荘用地として買い受け、平成三年一月二二日所有権移転登記手続を経由した(〔証拠略〕)。本件土地は、平和観光が羽鳥平和郷との名称で大川羽鳥県立自然公園内に大規模に開発分譲した別荘地の一画地である(〔証拠略〕)。

2  平成四年に本件土地上に原告の夫甲野太郎名義の建物が建築されたことから、被告は、本件土地の平成五年度分固定資産税については、前年度までの雑種地から宅地と認定を変更し、平成五年四月一日付けで課税標準額を八七万四四四〇円、納付すべき税額一万二二〇〇円とする賦課決定処分を行った(〔証拠略〕)。これに対して、原告は、四月二八日付けで異議申立をし、「課税できない川が含まれており調査して川の部分を取り消し課税の更正をして下さい。」「道路の部分と山林を宅地並み課税しており、全部宅地として課税することは不合理と思い更正して下さい。」と主張した(〔証拠略〕)。四月三〇日、天栄村税務担当職員二名が本件土地の実地調査を行った。

担当職員は、現地調査を踏まえて、本件土地のうち、宅地と認定すべき部分は九六平方メートル、その余は雑種地と認定するが、河川用地として別荘用地の有効利用が阻害されているものとして減額補正して評価すると、本件土地の評価額が三〇万円未満となり、免税点を下回り課税されないとの見解を示した。しかし、原告は、右見解に納得せず、自然の川の部分一七一・七六平方メートル、私道部分四二・二四平方メートル合計二一四平方メートルを非課税範囲と認めることを強行に主張した(〔証拠略〕)。特に、原告の夫太郎は税務関係の仕事に長年携わり(〔証拠略〕)、税務知識や実務経験が豊富なことから、これを背景に、担当職員に長時間電話を架けて自らの主張を述べ立てたり、福島県や自治省の担当課に働きかけたりした。

原告らの強硬な申し入れに苦慮した天栄村当局は、原告らの要望を受け入れ、六月一四日付け天栄村税務課長名義「別荘用地にかかる評価について(回答)」と題する書面を原告に送付して、本件土地について、宅地部分九六平方メートル、雑種地部分三八四平方メートル、河川及び道路部分二一四平方メートルと認定して、右二一四平方メートルを非課税扱いとすることとした。そして、これを前提として、納付済みの平成四年度分固定資産税五三〇〇円については原告に還付し、平成五年度分については免税点未満として処理した。(〔証拠略〕)

それ以降、被告においては、平成九年度分までの固定資産税について、右の認定、取扱いを前提として処理を行った(〔証拠略〕)。

3  ところが、原告の夫太郎が情報提供したことが契機となり、平成八年七月二〇日付け読売新聞に、天栄村において羽鳥平和郷別荘地内の私道部分について平成七年度から非課税扱いとしたが、原告についてのみ平成五年度分から非課税扱いにしていることの不均衡を指摘する記事が掲載された(〔証拠略〕)。そして、原告の夫太郎は、八月三〇日付けで、「今回天栄村役場が別荘地に、不正の課税をしている事が判明したので御知らせします。」などと記載したビラを右別荘地所有者に配布するなどした(〔証拠略〕)。また、同年九月開会の天栄村定例村議会でも右新聞記事の内容が取り上げられた(〔証拠略〕)。平成九年には、右別荘地内の土地に係る同年度分の固定資産税の賦課決定処分について、多数の土地所有者から被告に対して不服申立がなされたり(〔証拠略〕)、私道部分に課税された分を過去五年にさかのぼって返還するように求める請願がなされたりなどするに至った(〔証拠略〕)。原告は、被告に対し、右村議会での答弁内容への不満や税務行政への不満を書き連ねた内容証明郵便を送付するなどした(〔証拠略〕)。

このような動きに対処するため、天栄村税務課においては、自治省や福島県の指導も受けて、平成九年九月一八日付けで「「別荘地の評価」方針について」と題する書面を作成して、羽鳥平和郷別荘地内の土地に係る固定資産税の課税方針を明確に定めることとした。その概要は次のとおりである。

(1)  別荘が建築されている土地で、土盛り、垣根等によって区画されているものは原則としてその区画されている土地全体を宅地と認定する。土盛り、垣根等による区画のないものについては一筆ごとの地目を認定するものとし、当該土地で部分的に利用状況の違いがある場合でも、その土地全体の利用目的を観察し認定する。

(2)  建物が建築されていない土地については雑種地として認定する。

(3)  道路については、特定人が特定の用に共する目的で設けた道路ではあるが、道路の現況が一般の利用について、何らの制約を設けず、開放された状態にあることから非課税扱いとする。

(4)  沢については、公図上からも公共団体が管理するものではなく所有者または個人に帰属するものであることから、利用上何ら制約を受けるものではない。よって、沢については雑種地として認定する。(以上、〔証拠略〕)

4  被告は、右方針に基づき、原告に対し、平成九年九月二九日付け「固定資産評価決定書(土地)」と題する書面を送付した。右書面には、平成五年に、原告の要請により、私道分面積及び沢分面積について非課税と認定したことは誤りであった、私道については、平成七年度課税から非課税地認定をしたことは正当であるが、それ以前は通行規制等がなされていた状況であり、非課税と認定したことは誤りであった、また、河川用地として評価した沢については、国、県、村で管理する河川ではなく、その所有権は本人に帰属するものであり、使用について制限を受けるものでもないので、公共の用に供する土地とは認められないなどと記載されていた(〔証拠略〕)。

被告は、平成一〇年度固定資産台帳に、本件土地について、宅地部分三四二平方メートル、雑種地部分三〇九平方メートル、非課税部分四三平方メートルと登録したところ、原告は天栄村固定資産評価審査委員会に対し平成一〇年三月三〇日付けで地方税法四三二条による審査の申出をしたが、四月二八日付けで却下された(〔証拠略〕)。

被告は、四月一三日付けで本件処分を行い、原告は、被告に対し、五月五日、本件係争部分は非課税とすべきであるなどと主張して本件処分を不服として異議申立てをした。被告は、原告に対して、六月一一日付けで、「平成九年九月二九日固定資産評価決定書(土地)による回答と変わるものではありません。」などと記載した「異議申立書(土地)に対する回答」と題する書面を送付した(〔証拠略〕)。

原告は、右書面は異議申立てについての決定には該当せず、三か月を経過しても決定がないとして、平成一一年三月七日本件処分の一部取消しを求めて本件訴訟を提起した。

三  本件係争部分の現況等について

当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨及び後掲各書証によれば、以下の事実が認められる。

1  本件係争部分は、大川羽鳥県立自然公園内に開発分譲された羽鳥平和郷と称する別荘地を縫って流れる小規模な谷川の一部を取り込み、渓谷状になっており、傾斜が急で宅地としての利用はおよそ困難な形状の土地であり、本件土地の北側に位置し、その面積は一七二平方メートルである。右谷川には、特段名称も付されてなく、上流の自然湧水に端を発し、本件土地よりいくぶん低地まで流れて、板小屋川に合流し、羽鳥湖に流れ込むという流水系路となっている。(以下、右谷川を「本件谷川」という。)(〔証拠略〕)

2  羽鳥平和郷別荘地域内の各別荘から排出される汚水や家庭雑排水は、U字溝や本件谷川のような小規模な渓流等を経由して、板小屋川や七郎兵衛川等の公共用水域を経て、最終的には羽鳥湖に流れ込むようになっている。そこで、羽鳥湖の環境を保全するために、行政の指導もあって、羽鳥平和郷別荘地域の各分譲地を購入する際には、し尿及び雑排水の処理について、小型合併処理浄化槽を設置し、三次処理してBOD二〇ppm以下の状態で放流することが、開発業者である平和観光との間の売買契約締結の条件とされていた。(〔証拠略〕)

本件谷川の上流にも多くの別荘が建築されており、そのうち二七軒の別荘用建物から排出される汚水、家庭雑排水は、U字溝を経由して本件谷川に放流することによって、処理されている。(〔証拠略〕)

3  被告が株式会社クレハ分析センターに依頼して、本件谷川の本件係争部分よりもやや下流に位置する岩瀬郡天栄村大字田良尾字芝草一番一二七二における水質を三回にわたって調査した結果によれば、以下の数値が検出された。

(1)  平成一二年五月一六日午後二時の検査結果

PH七・六(一三・七℃)、BOD一・六mg/l、全窒素〇・三四mg/l、全りん〇・〇〇三mg/l、大腸菌群数一五〇MPN/一〇〇ml

(2)  同月二三日午後一時四五分の検査結果

PH七・三(一三・九℃)、BOD一・四mg/l、全窒素〇・二二mg/l、全りん〇・〇〇三mg/l、大腸菌群数四三MPN/一〇〇ml

(3)  同年六月六日午前一一時三〇分の検査結果

PH七・二(一二・九℃)、BOD五・五mg/l、全窒素〇・一九mg/l、全りん〇・〇〇七mg/l、大腸菌群数九三MPN/一〇〇ml

右検査結果のうち、BODとは、水中の有機物が微生物の働きによって分解されるときに消費される酸素の量で、河川の有機汚濁の程度を示す代表的な指標であり、この値が大きいほど有機物が多く、汚れていることを示すものであるが、BODの数値に基づき、福島県の定める河川に係る生活環境の保全に関する環境基準に当てはめると、利用目的の適応性において、右(1)、(2)の数値は、水道二級(沈殿ろ過等による通常の浄水操作を行うもの)、水産一級(ヤマメ、イワナ等貧腐水性の水産生物用並びに水産二級及び水産三級の水産生物用)に、右(3)の数値は、工業用水二級(薬品注入等による高度の浄水操作を行うもの)、農業用水に該当する。(以上、〔証拠略〕)

また、本件谷川にはヤマメやイワナが生息している(〔証拠略〕)。

四  地方税法三四八条二項一号該当性について

固定資産税は、土地、家屋等の資産価値に着目し、その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であるところ、地方税法三四八条二項一号の「公共の用に供する固定資産」についてこれを非課税としたのは、人的非課税団体たる国又は地方公共団体等が固定資産を公共の用に供するがために、当該固定資産の所有者による使用収益の可能性がなく、ひいてはその資産価値を見い出せないからであると解される。それゆえ、同号の「公共の用に供する」とは、国又は地方公共団体等が右固定資産を公共の用に供することによってその所有者による使用収益の可能性がない状態にあることをいうと解するのが相当である。

本件谷川は、河川法九条、一〇条、一〇〇条一項に基づき国、県、市町村が管理する河川でないことはもちろんのこと、公図上にも何らの表示もなく(〔証拠略〕)、その敷地は建設省所管の行政財産でないことも明らかである。

したがって、本件谷川の一部を取り込んでいる本件係争部分は、原告の完全な所有権に属し、その使用収益を妨げる公法的な規制はなく、実際にも前記三1で認定のとおりの現況であり、〔証拠略〕によれば、原告は本件係争部分を別荘用地の一部として景観のために利用し、他人が自由に出入りすることを拒んでいることが認められるのであるから、およそ地方税法三四八条二項一号の「公共の用に供する固定資産」には該当しないことは明らかである。

五  地方税法三四八条二項六号該当性について

地方税法三四八条二項六号に定める「用悪水路」とは、灌漑用又は悪水排泄用の水路の意であるが、「公共の用に供する用悪水路」についてこれを非課税とした趣旨も、同項一号の趣旨と同じく、当該土地を灌漑用又は悪水排泄用の水路として何らの制約を設けず広く不特定多数人の利用に供した場合には、当該土地の所有者による使用収益の可能性がなく、ひいてはその資産価値を見い出せないからであると解される。

なるほど、前記三2で認定したとおり、二七軒の別荘用建物から排出される汚水、家庭雑排水は本件谷川に放流され、本件係争部分をも経由することとなり、原告において本件係争部分を汚水、家庭雑排水の排泄用水路として二七軒の人々の利用に供する結果となっていることは、原告主張のとおりである。

しかしながら、二七軒の人々は、開発業者との間で、し尿及び雑排水の処理について小型合併処理浄化槽を設置し三次処理してBOD二〇ppm以下の状態で放流することを約束し、現に甲七一の1ないし7によれば、建物建築の際にはかかる浄化槽を設置していることが認められ、前記三3で認定した事実によれば、原告所有の本件土地付近における本件谷川の水質は生活環境上相当程度良好な水準を保っていることが推認できる。

また、前記四のとおり、原告は本件係争部分を別荘用地の一部として景観のために利用し、他人が自由に出入りすることを拒んでいることが認められるのであるから、原告は本件係争部分をその用途に応じてそれなりに利用しているものである。

以上によれば、現状では、本件係争部分を悪水排泄用の水路として何らの制約を設けず広く不特定多数人の利用に供し、その結果原告による使用収益の可能性がない状態にあるとは到底認められず、本件係争部分は、地方税法三四八条二項六号の「公共の用に供する用悪水路」には該当しないことは明らかである。

もっとも、〔証拠略〕によれば、羽鳥平和郷別荘地の中には、浄化槽の保守管理をしていない者、三次処理槽を取り付けていない単独浄化槽しか設置していない者、し尿及び雑排水を合併処理していない者も存在すること(右二七軒の人々の中にこのような者が存在することを認めるに足る証拠はない。)、また、別荘を利用しない期間、浄化槽のブロワー(電気空気送風機)のスイッチを止める者も多く、その結果、改めて利用する際の当初の数日間は、浄化槽に沈殿した生活排水の汚れが不十分にしか浄化されず、BOD二〇ppm以上の生活排水が放流される場合もあることが認められる。しかし、これらは、開発業者との合意や行政上の指導に反し、本件谷川への汚水、家庭雑排水の排出方法として定められた制約に抵触する、容認されざる反社会的行為であり、法的手続により是正が図られるべき事柄である。このような行為が社会的非難を受ける許されざる行為であることからしても、本件係争部分が現状において「用悪水路」に該当しないことは明らかというべきである。

なお、原告は、本件谷用上流地域には一四八軒の別荘用地が存在し、建物が建築されれば一斉に本件谷川に汚水、家庭雑排水を放流するおそれがある旨主張するが、右将来の事情は、平成一〇年度分の固定資産税の非課税要件を判断する要素とはなり得ない。

六  以上によれば、被告が行った本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 生島弘康 裁判官 髙橋光雄 久保孝二)

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